今回はよく出会う整形疾患の1つである「膝蓋骨脱臼」を紹介します。
病院で診察を受けていて「膝が緩い」や「膝のお皿が外れやすい」と言われたことはありませんか?それは膝蓋骨脱臼かもしれません。
膝蓋骨脱臼は動物病院で診察していて出会う頻度がとても高い疾患です。犬に多い疾患ですが、猫にも見られます。
足に痛みが出る疾患ですが、早期に気づいて対応していくことで大事なわんちゃんねこちゃんを助けてあげることができます。
それではこの疾患について詳しく説明していきます。
膝蓋骨脱臼とは
膝蓋骨はいわゆる「膝のお皿」と呼ばれている骨で、膝を曲げ伸ばしする上で重要な役割を果たしています。
膝蓋骨脱臼とはこの「膝のお皿が本来の位置から外れてしまうこと」で、後肢の運動機能に異常をきたしたり、関節軟骨が損傷したりと、さまざまな臨床症状をきたす疾患です。
膝蓋骨の機能
膝蓋骨は、膝を伸ばす筋肉である大腿四頭筋の収縮力を下腿に伝えるための「滑車」の機能を持つ骨です。
犬であれば楕円形、猫であれば円形の形をしています。
膝蓋骨は正常であれば太ももの骨である大腿骨にある滑車溝という溝にはまっています。この滑車溝を膝蓋骨が滑らかに動くことで膝の曲げ伸ばしを可能にしています。
症状
「痛み」や「歩行異常」が主な症状です。
- キャンと鳴いて後ろ足を挙げた
- スキップするように歩く
- 膝を曲げたまま、腰を落として歩く
- 後ろ足を触ると怒る
- 元気がなく歩きたがらない
などの症状で来院されることが多いです。
また、成長や加齢に伴ってゆっくりと進んでいく膝蓋骨脱臼では痛みが出ないことが多いです。
しかし脱臼の程度が急に進行したり、前十字靭帯が損傷したり、関節軟骨が損傷することで痛みが出ることがあります。
膝蓋骨脱臼の種類とグレード
膝蓋骨脱臼は膝蓋骨が内側に外れてしまう「内方脱臼」と、外側に外れてしまう「外方脱臼」、それから左右両方へ外れてしまう「両方向性脱臼」に分類されます。
内方脱臼は過去には小型犬に多いと考えられてきましたが、大型犬でも多いことが示唆されています。犬では膝蓋骨の内方脱臼に伴い、前十字靭帯損傷が生じやすくなります。
外方脱臼の場合、内方脱臼より症状が強く出ることが多く見られます。さらに慢性の症例では長趾伸筋腱や外側側副靱帯の損傷も併発していることが多いです。
膝蓋骨脱臼にはグレードと呼ばれる症状ごとの分類があります。
グレードは簡単に分けると以下のようになっています。
グレード1 | 膝蓋骨が滑車溝に収まっており、手で押すと脱臼させることができる。手を離すと自然に元の位置に戻る。 |
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グレード2 | 膝蓋骨が滑車溝に収まっており、手で押したり膝を曲げ伸ばしすることで脱臼させることができる。手を離しても元の位置には戻らない。 |
グレード3 | 膝蓋骨は常に脱臼した状態。手で押すと滑車溝の上に戻すことができる。 |
グレード4 | 膝蓋骨は常に脱臼した状態。手で押しても滑車溝の上に戻すことができない。 |
原因
「遺伝的な要因」や「外傷」などが原因となると考えられています。
犬の場合
犬では膝蓋骨脱臼の原因は遺伝的素因が多いとされています。遺伝的な要因として膝蓋骨脱臼になりやすい犬種として知られているのは以下のような犬種です。
- トイプードル
- チワワ
- ポメラニアン
- ヨークシャーテリア
猫の場合
猫では膝蓋骨脱臼の多くは外傷によるものと考えられています。しかし、アビシニアン種やデボンレックス種などの猫種では犬と同様に遺伝的素因が関係していると疑われています。
診断方法
検査は主に「視診」、「触診」と「レントゲン検査」です。
1. 視診
立ってる姿や歩く様子を観察し、それぞれの足に均等に体重をかけることができているか、足の動かし方に異常がないかを確認します。
2. 触診
膝蓋骨を触って内方外方どちらに外れるのか、グレードはいくつか、関節全体は腫れているのか、左右の足で筋肉量に差がないかなどの確認をしていきます。
3. レントゲン検査
膝の状態や前十字靭帯断裂が伴っていないかなどをレントゲン画像で確認します。手術を行う場合には、計測目的にも行われます。
治療法
治療法には内科療法と外科療法があり、さらにリハビリも重要となります。
1.内科療法(保存療法)
手術は行わずに、疾患と上手に付き合っていく方法です。内科療法は主に「安静」と「消炎鎮痛剤」、関節保護のための「サプリメント」が基本になります。症状を悪化させず、生活の質を落とさないことが目標となります。グレードの低い場合や体重をの軽い場合に適応となることが多いです。
2.外科療法
膝関節の機構を手術により本来の構造に整復する方法です。グレードの高い場合や内科療法では生活の質を維持できない場合、成長に伴い症状が進行している場合に適応となることが多いです。術式の例としては以下のようなものが挙げられます。それぞれの足の状態に合わせて術式を選択します。
造溝術
大腿骨を切ったり削ったりすることで膝蓋骨のはまる滑車溝を深くする術式です。
脛骨粗面転移術
膝蓋腱が付着している脛の骨の脛骨粗面という部位を、脱臼している側と逆側にずらして固定する術式です。
関節包の縫縮
膝蓋骨脱臼により、膝関節を覆う関節包が伸び切ってしまっている場合があります。これを縫い縮めることで膝蓋骨を本来の位置に戻す術式です。
3.リハビリ
手術を行った場合には早期の機能回復やほかの部位の怪我の防止や機能維持のために行います。内科療法を行なっている場合でも、生活の質の維持のために行うことが推奨されます。
具体例としては以下のようなプログラムがあります。
マッサージ、ストレッチ
膝蓋骨脱臼により、膝関節を覆う関節包が伸び切ってしまっている場合があります。これを縫い縮めることで膝蓋骨を本来の位置に戻す術式です。
高周波療法
施術部位の血流改善やリラクゼーションを目的に行います。
起立練習
犬や猫の場合足を怪我すると、怪我が治ってもその足を使わなくなってしまうことがあります。体重をかける練習をすることで、本来の足の使い方を再学習します。
アイシング
術後の炎症の軽減を目的に行います。
上記のようなプログラムを、足の状態や行った手術の術式を考慮し、組み合わせて実施します。
予防法
遺伝や加齢なども原因となるため、完全に予防することは難しいですが、膝に負担をかけないことが進行の予防には大切です。
1. 適正体重を保つ
肥満は膝に大きな負荷をかけます。逆に痩せすぎも膝を支える筋肉が少なくなるために膝に負荷がかかります。
2. 負荷の強い運動は避ける
階段の昇り降りや、イスからの飛び降りは膝蓋骨脱臼やその悪化の原因になることがあります。
3. 自宅環境の整備
滑って転ぶことも受傷の原因になります。フローリングの場所にマットを敷いたり、足裏の毛を短くカットすることですべることを防げます。
4. サプリメントを始める
関節保護の作用があるサプリメントを服用することで症状を軽減します。
当院での治療例
当院で治療を行ったAちゃんを紹介します。
Aちゃんは10ヶ月齢のミックス犬です。
1週間前にソファから飛び降りた際にキャンと鳴き、左後ろ足を地面に着かなくなりました。その後程なくして歩けるようになりましたが、左後ろ足は挙げたり使ったりを繰り返すようになりました。
かかりつけの動物病院を受診したところ、膝蓋骨の内方脱臼と診断されました。そこで処方された痛み止めとサプリメントを使っていましたが、足を挙げる症状は続きました。
1.症状とグレード
当院来院時点では歩き方は正常で、関節に腫れは見られませんでした。触診をしてみると、何もしない状態では膝蓋骨は脱臼しておらず、脛を内側に捻ることで脱臼がみられたため、グレード2と診断されました。
2.治療内容
当院初診の時点では院内で正常に歩くことができ、膝蓋骨や脛を触らなければ脱臼しないことから、まずは「消炎鎮痛剤」と自宅の床材や散歩コースの変更などの「環境改善」で症状を繰り返さないか見ていくことになりました。 しかし、これらを行っても足を挙げる症状は続きました。そのため手術へと進みました。 Aちゃんは「造溝術」、「脛骨粗面転移術」、「関節包縫縮術」の組み合わせの手術を受けました。
3.入院中のリハビリ
手術翌日から、Aちゃんはリハビリを開始しました。足を庇って生活をしていたため、Aちゃんの肩や腰、太ももは負荷がかかり、固まってしまっている状態でした。そのため、「肩のストレッチとマッサージ」、「左脇のマッサージ」、「腰、肩、太ももへの高周波療法」と包帯が取れてからは手術部位への「アイシング」が行われました。
4.術後経過
Aちゃんの場合、術後10日ほどで退院となりました。退院時点では手術を行った足には少しだけ体重をかけられる状態でした。自宅で少しづつ運動をして頂いたり、環境改善や体重の管理により退院1ヶ月後には正常に歩行できるようになりました。
まとめ
蓋骨脱臼は痛みや歩き方で気づかれる場合もありますが、無症状で気づかない場合もあります。早めに疾患に気づき、痛みなく過ごしていくために、膝の状態を動物病院で診察してもらいましょう。